飽和する青

絶対絶対特別でありたい。目で、口で、手で、ひとに触った時にそうでないとなにも響かないから。そういうのは制作物も同義で、「特別になりたい」だとどうにもならないことなのよね、きっと。

だからわたしは、好きな景色を「特別」だと定義できなくてはいけない。

消費してはいけない、きちんと咀嚼して血肉にして、汚くならないように、濁らないように、見たことのない極彩のつくりかたをはっきり見つけたい

戦争

ここでの“乙女”は美しいものを愛し、あらゆる不衛生を憎み、美しく生きていきたいと願ってやまない全てのかわいい人たちのことです。

 

絶対に乙女たちのためのブランドが総力を挙げてその目を欲しがる、ここ40年ぐらいずっと乙女たちのものであったはずの大事な大事なかわいい絵画が◯万円で買えるのに即時完売していないようなこのご時世に、芸術が乙女たちになにをできるというのか。

 

もっと速い速度で愛してるって言わなきゃいけないんだなと思う。

圧倒的美が無くなってしまったから、圧倒的肯定をしてから圧倒的美を再生産する必要があるのかもしれないというか。許された人たちが許された人たちの間でこれも好き、あれも好き、って話すこと。

誰も血を流さない、頬を撫でる程度の「もう大丈夫だよ」や「君のことが好き」をどうやって殺していくかの話だ。これは戦争だと思う、きちんと心の奥の方まで触れなければ、諦めさせることもできなければ求めさせることもできないから。

そんなことだと、二重でなければ死んでしまうし、太っていれば醜いし、痩せていたなら貧相で、皺があったらお払い箱。無理をすればしたで「見苦しい」んだから、もう誰も美しくないじゃないですか。そういう話じゃなかったはずなのよ、美しいってそんなつまらないことじゃなかったはずなの、もっと豊かで楽しくて、厳しくて、贅沢な気持ちになれる最高のことだった。

許されるとか許されないとか、そういうのはもう知らないよ〜神はすべてを許している 

HANDMADE❤️TOKYO

 

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12/12「HANDMADE❤️TOKYO」という塗り絵本が出ます
「景色を好きに塗り替えるための」本です。見たいものを見ましょう。
景色は自分で塗り替えられます。わたしみたいな、「どうにかしてやりたい」身の程知らずの乙女各位のやる気や暇つぶしに捧げたい。よろしくお願いします。
 

不可能を可能にする

 

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☀️展示やります☀️

11/28~12/29
majoccoイラスト展
「不可能を可能にする」 
原宿のかふぇな。(https://retty.me/area/PRE13/ARE23/SUB2301/100000016608/ …)にて🙆
 
期間が一ヶ月になるので、在廊日は暫時Twitterでおしらせします。あそびにきてね!イベントも打とうかなと思ってます。
リンク先に内装とかお料理の写真載ってるけど超かわいいです。オススメ。
原宿駅から竹下通りぬけたとこのクレープ屋さんの隣のビル☀️
 

愛し合うならいつでもできる、むしり取るにはメリットがある。

最近どうにもグロテスク。7月はすぐそこだ、誕生日には白いばらが欲しい。期限付きの私たちは、興奮の醒めない春から、長すぎる春の惨禍から、どうやって夏を迎えて冬を終われるのでしょうか。

みんながみんなを羨ましいこういう街の上で、なんとか綺麗に見えるための方法を地続きで見つけ出さないことには、掃いて捨てられてしまう。

 

月曜の雨で死んでる人が多かった。それでも毎日はたらく人ばかりです。わたしも働くよ、いいことばかりでもないけど悪いことばかりでもないけど、わたしは自分の仕事が好きよ。「なんとなく」遊んだり、「なんとなく」過ごすことが自分は得意じゃないなということに最近気づいたんだけど、これって貧乏性だよね。美しくないかも、どうしよう、あんまり考えても仕方ないので、とにかく動きます。

いないいない婆

彼氏と別れてしあわせになれた。
本気で動くと一ヶ月あれば作れるということがわかったし、一ヶ月ぐらいでどうでもいいやとなることが判明。
 
これ以上汚れた雑巾になりたくないよな〜という気持ち。でも雑巾なんだろ、だったら同じバケツに入る人、お前もお前も雑巾だよ、ようこそここは雑巾の国!みたいな感覚がある。雑巾には雑巾としての自我があり、用途があり、幸せがあり、不幸やなすりつけあいがあってボロボロになって死んでいくわけなんだけど、これは雑巾以外の世界には通用しない。あえて他人を雑巾にしたい気持ちって無いし、どうにかハンカチになりたいけど素材からしてダメみたい、わたしの女性性は雑巾。縫い目の問題じゃない!みたいなところがある。そういう風に疲れるのはやめよう、わたしが雑巾であっても、せめて全部で関わるのであれば雑巾からがいい。ふにゃふにゃのトイレットペーパーみたいな人のことはいらないし、そもそも繊維の世界の住人ぶってたとえ話を引きずり回しても、突然顔面偏差値が50上がるとか10kg痩せるとか100万円が得られるとか無いんだよね〜。人間になろっと。
 
女の人生には親密な男性の存在が善い影響を及ぼす形で存在するべき」で、そうでないと生きていくに足る人間じゃないと見做されやすいとか、守られづらいとか、暴力を受けやすいとか、「だいたいの人はして貰える約束すら他人からしてもらえない人生なんだな」というだれかの目線は多分きっとあるんだけど、まあいいやと投げておきたい、どうせ名前も覚えられないような誰かの頭が思うこと、それはわたしの意識じゃない。
約束事としての「恋人」は、約束事としての「友達」と同じぐらい、わたしの人生に必要じゃないとわかったことでだいぶ楽になれたと思う。
恋人っていう関係性を、約束や契約として見做すのであれば、できるかぎり高値で売りつけられるようにもっと商売のしかたを考えないといけないのでしょう。上質になるより早いと思うし、どうにか上手になりたい。若くもないし素材が悪くてロクな買い手がつかないとなれば、訓練を怠ってはいけない。幸福でいられる可能性が減るから。
無料有料問わず、恋愛にまつわる資料をどれだけ読んでもわたしの行動や心の動きや状況に合致するものがない。それって要するにコンテンツとして価値がないってこと。「5分で読めます!」「ワンフレーズで殺します!」になれる人が羨ましくて仕方ないです、そんなに単純でもないでしょうと思うけれど。
精神や身体が他人をゆさぶる材料になるっていうことは最近わかったんだけど、世間は価値のある人だらけできれい。いいな〜。わたしはわたしの全部で遊び尽くしてから死のう。未来〜!
 
入浴剤にエプソムソルトを使っているのですが、これ超いいです。汗かける。

完全無欠のビビガール

不特定多数の誰かの言葉でこわれた女の総称としてつかえる、完全無欠のビビガール。ミヒャエルエンデのモモに出てくるお人形の名前ね!なんかすっごい毛皮とか欲しがる。つよい。

 

新しきはヘルタースケルター、そこからフィクションはまだ更新されてない気がする。いろんな願望のキメラみたいな、そういう人は今もう現実に沢山いるから、あんまりフィクションにする意味もないのかも。「希望なんか無い、おまえは何にでもなれるけど、何にもなれない」って言ってるように聞こえるからわたしはヘルタースケルター嫌いなんですけど。用意された彼女、便利で安心裏切らない、上っ面だけ見てたいアイドル、僕だけを好きな最終兵器、ばかじゃないの?やめなよ

 

心がからっぽだ、というようなことをあんまり誰にも思ってほしくないというのがだいたいの前提にある、臓器を持っているくせに。脳死もしていなければ臓器提供の意思カードも書いていないのに、心だけやたらはやく動くからそんなことになる、思考のペースにあわせてめちゃくちゃ踊るなどをして、肉体の実存について見直しをしたほうがいい。

 

器がね、底抜けであろうともよ。蓋をする若しくは、全部がこぼれないうちに次の大事を入れていくとか、なにも密閉しなくていいように海に放ったり、跡形もなく粉砕して溶かして作り直したり、そういうのが生活のはずなのに、延々と虚の話をされたところで、寂しいんだなってことしかわからないでしょ、さみしくないの根拠をもっと上手に探したい。大好きばっかりで、あなたもわたしも何にでもなってやろうじゃんね。