女も男も人ではないね

好きという言葉は暴力だと思っている。意地が悪ければ悪いほど、魅力があるならあるほど、これを意識して他人を思うようにすることは容易いと思います。私の出会ってきた人たらしたちは、例外なく人への好意を露わにするし、その好意に意味や責任は往々にして無い。あるのは行動と反射だけ、わたしはもっと平らになるまで、そういうふうに殴りつけられたい。

 

女も男も人ではないね、それは道具の名前だ。武器になるまで磨くなり、ガンになるほど無視するなりして、奇形のそれをたずさえた人は、美しいかはさておき、それぞれ珍しく、どれが誰かを認識できる。あなたのものではない血を流すあなた、は多分わたしと違う生き物で、もう触られてしまった人たち、わけがわからなくなるのをこわいと思わない人たち。守られてるから話が通じないし、お互いにきっとわからない。目耳鼻口すべて均されたつるつるの顔で、当たり障りなくのっぺら同士で誰が誰だかわかっている。似合う化粧をしたいわよね?お前様はお前様をお前様にすることを諦めて、どこかの何かになりたかったんだから、なれたのだから、全然かわいそうじゃないよ。

 17の時からの友人がいつかこぼした「思ったことを言ったらみんなに嫌われる」という言葉に対する否定は「わたしはあなたのことが好きだよ」で通した。わたしは彼女に対して暴力を振るったのだから、魅力的な個人で居つづけなければいけないのだと思う。「みんな」って、どういう言葉を喋って、どういう話が好きで、どういうふうにあなたを見て触るどういう勘をした誰だ。