ソルビトール

その言葉を繰り返し舐めて、

腑に落ちない甘さを脳で噛み砕いたら、少しは、だるい身体も動くようになるのかしら。
砂糖の入っていないガムの成分表示を見る、他人の生い立ちに興味がある。それは私にとって同じことで、わたしの周りに存在しているものが、私にとって、いのちであるか、そうではないのかを判断したい。いのちは、気をつけて触って食べていいもの、食べるべきもので、そうでないものたちは体内に入ると私を緩やかに腐らせていく。わたしはいのちと仲良くしたいから、必要であればわたしが食べたぶんと最低でも同じぐらい顔や身体や脳を差し出してたくさん食べてもらうべきなんだろう。
食べて食べてもなくならないからだ、汚れたそばから染みを忘れるシーツ、錆びても磨けば大丈夫な指輪とか、そういうものについてずっと考えている。意思と、説得力と、健忘によって守られる純粋のことを私は全く理解できなくて、引きちぎって渡した肉は戻らないし、どこから再生させるべきかもわからない。組成がわからないから戻せない。だからアンパンとか、ゴキブリとか、そういうものをどうにかくっつけて、血を巡らせて、失われた機能を果たさせている。