水原希子・水原希子・水原希子

奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガールをみたときの話

 

 

日本に現在生活している人間である限り、水原希子氏についてなにかしらの感想を抱かざるを得ない仕組みは一体なんなんだろう。

彼女は最近ファッションブランドを立ち上げて、トチ狂った柄のパーカーを売っている。自由だ。かわいい。彼女のやることなすこと、圧倒的に正しいような気しかしない。こっちの好き嫌いとか趣味嗜好一切関係なしに興味を持たせてしまうパワーがある。大好き。

 

悪い女ってどういう人かしら。人を狂わせるってどういう話?勝手に狂ったんじゃねえのか、勝手に破滅しただけだろ。圧倒的に強い存在感のある人が悪者にされたり崇拝されたりしてるだけじゃねえのかな、たぶんいつもそう。

 

その日は友達のイベントを見に行った、悪い女の子たちのイベントって名前だった。出演している女の子たちもお客さんもみんなお洒落していて超かわいい。服とか化粧とかを適切に使っていける知性とか、度胸っていいなと思った。そのまま帰りたくなくて友達2人に声をかけて、男子高校生みたいに焼肉をしながら不倫とか浮気とかについての話をして、そのうちひとりが言い出した「奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガールのレイトショーに行く」って話に乗っかった。その日の私はワルい女に集中した日だったんだなあと後から思った。

 

 

映画は都合のいい抽象、虚無っぽい、人間不信な女の話だったなあと思う。「バカな俺」「でも好き」「どうしたら好きになってくれるの」って自分の純情ばっかりかわいいからかわいいままそんな目に逢うんだよ、と思った。妻夫木氏はドクズで他人任せな人の役が本当に似合ってる、ジョゼと虎と魚たちが一番好き。

同席していた友人のうちひとり、男子校出身者の業というか、「綺麗な女の人」を「綺麗な女の人」以外の何者かとして認知するのが苦手な奴の心がバッキバキに砕ける瞬間を観劇中何度も感じた。映画が終わったあと、どうだった?と聞いたら「家に帰ったら写経をする」と言っていた。

 

主人公の女の人、あかりちゃんだけど、こういう女の人はたくさんいる。

肉体のスペックがフェラーリなのか三輪車なのかによってヤバさの出力は変わるけど、結構みんなこういうとこあるでしょって思った。「人を欲情させるのは楽しい」とか「どうせわたしのことわかってくれないから、わたしもあなたのことなんて知らない」とか。そういう虚無って、振り回される側がどういうふうに可哀想がっても可愛がっても埋まらないものなんだけど、自分になら埋められるかも知んない、って思い上がって右往左往してると疲れ果てて病むよね。虚無ギャルが「あなたは素敵な人だよ」って思わせてくれたとこで満足できればいいのに。難しい。

あんなふうに、私には全部あるけど、なんもないわっていうのをむき出しにして媚びられたらわたしだって好きになっちゃう。どきどきする映画だった。