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空が高い。雲の流れが早くて、沖縄に突然の雨が多い事にすごく納得がいったし、ここが水の惑星であることも腑に落ちる青。

どのぐらい高いところに雲があるのかわからなくなってくらくらした。高い建物がなくて視界がひらけているからだと思うけれど、11月でもまだ太陽の匂いが濃い。所々に見える沖縄の墓は、家に見えるが元々のモチーフは女性器だと同行した女の子から聞く。こんなに綺麗な光があるところでも、還る場所を最もヌメヌメしてたりジトジトしてたりする場所に置くのは人の業って感じがする。

 

有名な水族館はただの水族館だった。サメの性器が年別に写真に収まって展示されていたことが印象的だった。わたしがもし特定の悪魔だの、宇宙人だのだとして、人間動物園を作るなら真っ先にやることはこれの真似だと思う。そんなことよりも、水族館の隣にある海の透明度と、海が近くなっても香らない潮の匂いに皮膚が粟立った。「ない」ものに戦慄したのはいつぶりだろう。

わたしはベタを飼っている。きれいな水槽からは匂いがしないことを知っている、けど、海もそうなの?遠く沖の方まで底が透けてる、こんなに見せて大丈夫なのかしら、12時の空が1番明るくなる瞬間には、それまで緑がかっていた海の色まで深く透明な青に見えた。きれい。不味いご当地ハンバーガーを食べながらベンチでその瞬間を眺めていたら、シーサーの化身のようなお嬢さん2人に「食い意地張りすぎ」「キモい」などと言われるイベントに遭遇。言われたまま無言で写真を撮っていたら立ち去られたのだけど、その写真はもうカメラロールに無い。ホラーだ。不味いハンバーガーと優しくないお嬢さん、昨日のイベントとは180度違うね、時は流れて人は死ぬ、海は、ずっと美しいといい。砂浜にはサンゴの死骸がたくさん落ちていて、周りには修学旅行の高校生がたくさんいて、海に入ってはしゃぐのは幼女ばかりで、心の中で脈絡なく「死なないでよ」と呟く。

 

 

海の匂いがしない理由、後で調べてみたら、海藻がないからプランクトンがあんまり繁殖しなくて、その死骸の匂い、イコール、わたしの知っている海の匂いがしないということらしい。

エヴァンゲリオンの海もこんな風になにも香らないのかしら、でもこの海は命のない海、ではないはずなのに香らない、どういうこと。海は地球の血液のようだと誰かが言っていた気がする。動脈はどちらなんだろう。

こんなにも香らない、境界のわかりづらいものに四方を囲まれたり、ものを流されたり、船を沈められたりして暮らす人の海に対する認識ってどうなるんだ、こんなに香らなくても命が還ったり、生まれる場所だと思えるのだろうか。もっと土とか、緑とか、そういうものと地続きになりそうだけど、どうなるんだろう。「海は境界である」という認識に、なるのか?これ

 

3歳ぐらいのときに南三陸の海で、浮き輪でぷかぷか浮いていたらものすごい波に攫われたときのことを思い出す。鼻に水が入って濃い潮の匂いを感じたの同時に、圧倒的な敗北感が体を貫いた。勝てない、絶対に勝てない、こんなものに逆らってはいけない、そういう風に感じたのだけれど、海の匂い、たくさんの死体の匂い、そういうものがなくてもわかるのかしら。透明度が高くて潮の匂いがしない、どこまでも潜っていって、死んだことにも気づかないうちに死んでいそうな海。